1億3千万通りの嗜好、分かれていく人々
あけましておめでとうございます。
今年に入って、テレビを買いました。これまであったテレビはチューナーが壊れており、まともに地上波番組を見られなかったので、もっぱらゲーム機専用のディスプレイとなっていました。つまり、一人暮らしをし始めた去年の6月から、事実上、テレビなしの生活が続いていたわけです。
・・・テレビの役割とは何でしょうか?
日本におけるテレビの役割は、「洗脳」にある(あった)と思います。テレビ局が洗脳したいと思う情報を抽出し組み替え、それを全体に対して垂れ流すのです。それが個々人の嗜好に合っていなくとも、一昔前までは個々人の嗜好を叶えるための技術がなかったため、見る側ができるだけ嗜好にあった番組を選び、番組の内容に合わせていました。
今は技術が進歩し、ネットワークを通じて人々が個々人の嗜好をそれなりに叶えられる時代になってきました。これからもこの傾向は進むでしょう。テレビが数あるネットワークコンテンツの一つでしかなくなりつつあるのは、芸能人やお笑いタレントが素人じみてきたのと関係がない訳ではないでしょう。一人一人が自分の欲しい情報を探して手に入れ、世界中に散らばっている同じ嗜好を持っている人達と繋がるようになるのです。
しかし、こうなってくると、どうでしょう。人間は残念ながら物質で体ができています。実際に物質として生きている範囲には、同じ嗜好を持ち、共有できる話題を持った人が周りに全くいなくなることになります。そういった人達が増えてくると、肝心の物質として生きている世界で、人と人との間に埋めがたい溝が最初からあることになってしまいます。
現代は二層化して派遣社員がどうとか、核家族化が進行しまくって事実上家族という単位がなくなっているとか、上記のことも含め、人々が分断されていく時代的土壌がバッチリな感じです。今日、初公判が開かれた秋葉原での事件も、本件とは無関係ではありますまい。
別に昔のように大家族で暮らして地域の人達とネチネチした村社会を形成せよ、などとは思っておりませんが、新しい時代に即した、新しい社会の姿を一人一人が考えていくべき時が来ているのではないか。わたくしはそう考えます。
なお、僕の考えた解決策は、いつも通り、「人類全体が物質でできた体とDNAの呪縛から抜け出し、新たな精神生命体へと神化する」です(なんか新興宗教みたいだ・・・)。