やっぱり“金”の魔力に負けた
〈乱気流No.58/09年6月号〉

 4月19日、(財)日本漢字能力検定協会(京都市下京区)の創設者である大久保昇前理事長と、その長男・浩前副理事長が、背任容疑で逮捕されました。
 4月15日の“理事長辞任会見”で大久保昇前理事長は「私的流用はしていない」と繰り返し、「私物化はしていない」とも述べました。しかし、さまざまな状況から見れば、私腹を肥やしたことは間違いないでしょう。
 その会見で彼は、「私が私財をつぎ込んだ漢検」「私が興した漢検」と言ったそうですが、その自負は根拠のないことではありません。なんといっても34年も前の1975年、学習塾を経営していた彼が、塾講師たちとともに“漢字検定”を発想したのみならず、現実に協会をつくって運営を始めたのですから。この実行力は見上げたものだと思います。
 当初はもちろん受検者も少なく、検定会場は地元の京都だけで経営も苦しかったようですが、スタッフともども、おそらくは血の滲むような努力を重ねて検定会場を全国に広げたのでした。小生の知り合いの校正者が受検したのは、このころだったかもしれません。
 そして1992年、文部省(現・文部科学省)から財団法人として設立を許可され、当初は「認定」、後に「文科省後援」というお墨付きを得て協会は上昇気流に乗りました。95年からは、前理事長の発案で京都市の清水寺を舞台に「今年の漢字」というセレモニーを開始し、協会は全国的に知名度を高め、漢検の権威を確立していったのです。
 こうして前理事長は巨額の利益と名誉を獲得しました。そして、待っていたのは、「暴利を貪れ」という“金”の囁き。その誘惑に負けて彼は、公益法人という立場をかなぐり捨て、私利私欲のために暴走しはじめたのでした。文科省のチェックもものかは、ひたすら私腹肥やしに邁進したのです。
 大久保昇前理事長は(財)日本漢字能力検定協会を自らの“閃き”で創設し、自らの努力でここまで育て上げたのですから、自分のものだという意識は強かったでしょう。また、その気持ちを理解できないわけでもありません。しかし、公益法人とか私企業とか言う前に、利益を独占しようとする人間の性(さが)を乗り越えることができなかった、というか、公益法人にするべく働きかけたきっかけはライバルを蹴落とし、利益を上げるためだったのであり、人間の競争心を剥き出しにした行為だといわざるをえません。
 否、もともと協会を立ち上げた動機は、「ビジネスになる、儲かる」と直観したからでした。実は、漢字に対しても、漢字文化に対しても愛情はありませんでした。つまり、彼にとって「漢字」は、利益を得る手段でしかなかったのです。この期に及んでも、「漢字」そのものに関する発言がまったくないことが、愛情のなさを裏付けています。それでなくとも、協会の足取りをたどってみてすぐにわかったことでしたが。
 それにしても、せっかく大勢の人々が(さまざまな動機をもって)漢字に興味を抱き、受検し、外国人も含めて漢字文化の魅力・奥深さに気付いて漢検のステイタスも認知されていたのに、ここでスキャンダラスな事件発覚とは残念でなりません。
 早い段階から前理事長と前副理事長の専横が指摘され、文科相も調査していたということですから、文科省はもっと適切な「指導」をすることはできなかったのでしょうか? 言うまでもなく、漢字は日本文化の基幹であり、日本人は漢字なくして知的活動をすることはできません。文科省はそのことを重く見て、得た利益を漢字文化の普及に役立てさせるとか、人材を育成させるとか、受検者や社会に還元させるというような提案をしなかったのでしょうか? だとすれば、監督責任は大きいことを反省し、今後に生かしてゆくことを望んでやみません。
 このような形で漢検の権威はほぼ白紙に戻ってしまいましたが、有意義な「漢検」であることに変りはないので、協会は「私物」から脱皮し、社会の「公器」として高い理想を掲げ、その責任を果たしてくれるよう期待します。


(龍門 歩)

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