裁判員制度を体験してきました
〈乱気流No.51/08年11月号〉

 来る11月28日には裁判員候補者名簿に記載された方に、「候補者名簿への記載のお知らせ」と、「調査表」を発送することが最高裁判所から発表されました。候補として抽出された人には29日以降、順次、届くことでしょう。ただし、全国平均約5000人に一人ということですから、よほどクジ運の強い人でなければ届く可能性はないようです。
 裁判員制度には小生も関心があるので、先日、東京地方裁判所で行われた「体験! 裁判員制度」というイベントの午後の部に参加してきました。根拠のない予想に反して、開催法廷前の受付は長蛇の列(というほどではありませんが)、最終的には老若男女50〜60人ほども集まり、広めの傍聴席も満杯になりました。
 予定時刻かっきりに職員から説明が行われ、裁判長役、裁判員役、裁判官役、検事役、弁護士役および被告人役が、希望者の中からくじ引きで選ばれるとのこと。せっかくの機会なので小生は手を挙げました。
 くじというのは、昔よく占いに使われていた筮(ぜい)竹(ちく)のようなもの。それが希望者の数だけボール箱の中に無造作に入れられ、参加希望者がそれを引くと、先端に役割名の書いてある紙片が巻かれたものと、何もないもののいずれかに当たるのです。小生の引いた筮竹には裁判官役の紙片が巻かれていました。
 みんなが引き終わったところで、役割ごとにそれぞれ別室へ。そこで「シナリオ」を渡され、芝居と同じく各人は書かれた台詞を読めばいいという説明を受けました。台詞を点検して法廷へ。各役割の人がテレビなどの映像で見る光景どおりに配置に着き、台本どおりの審理が行われました。熱弁を振るう弁護士役の人、考えながら台詞を言う検事役の人など、それぞれ個性が出てなかなかリアルな法廷でした。小生たちはディスプレイに映し出される現場の見取り図を脳裡に刻みつけたり、証言を記憶したり、発言をメモしたりと、頭をフル回転。
 それから裁判員と裁判官は別室で評議。被告人は、起訴状のとおりコンビニ店長をナイフで傷つけて1万円を奪ったか、弁護人が主張するようにまったくの無実かを判断しなければなりません。小生と、裁判員の一人が、傷つけたというナイフは見つかっていないのかと疑問を呈しました。本来なら、それが決め手となるはずだからです。そこで本物の裁判官は、裁判員制度の対象となる事件では「公判前整理手続」が行われているので、提出された証拠と起訴状、さきほどの審理における検察と弁護人の冒頭陳述、それから被告人、証人を交えた話を耳で聞いたことだけで判決を出さなければならないと言及。
 しかし、起訴状には単なる犯罪事実と「強盗致傷」との罪状を書いてあるだけです。それでは事件の精密な経緯や微妙なニュアンス、細かな事実はわかりません。もっと事件を掘り下げたいという気持ちを抱きましたが、なんと言っても「体験版」。検察、弁護、被告、証人の話を思い出しながら、真剣に協議したものです。
 約30分の評議のあと採択が行われ、7対2で「無罪」という判決を出すことになりました。(これは守秘義務に反するのですが)小生は「有罪」を主張しましたが、多数決による判断には何の不満も抱きませんでした。
 法廷に戻って、裁判長から「無罪」判決の言い渡し。検察による控訴が行われるかどうかはわかりませんが、とにかくそれで完全な幕。最後は「こんなものか」と、とてもあっけない印象を受けました。
 しかし、これが実際の裁判なら、もっと被告や家族の身の上に思いを馳せたり、個人的な感情を抱いたりするかもしれない、他の裁判員と対立したりするかもしれない、報道によって先入観を植え付けられたかもしれないなど、判決のあともいろいろな思いが心に残るかもしれず、「あっけない幕切れ」などと言っていられないでしょう。
 この体験では、裁判官、検察官、弁護士の三者が争点を整理して裁判を始めるという「公判前手続」に少なからぬ疑問を抱きました。いくら専門家三者が額を寄せて協議するとはいえ、完全に「整理」しきれるものかどうか。また、裁判員は新たな証拠を求めたり、「整理」の不備に気付いた場合そのことを指摘できるのかどうか。スケジュールに追いまくられないか。それらの点に不安が残ります。ただ、裁判官に誘導されるのではないかという危惧はほとんどなくなりました(裁判官の資質によるかもしれませんが)。
 賛否両論渦巻く中、裁判員制度は予定どおり来年の5月21日からスタートすることになりそうです。小生としては、まだまだ多くの課題があると思いながらも、「参政権」と同じく、せっかく手に入れた「権利」を評価し、万一裁判員になるチャンスがあったら積極的に参加したいと思えるようになった一日でした。


(龍門 歩)

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