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本当の本物
クルマで走ること2時間半,不安になるほど定峰峠を下り続けて,やっと見つけたその店は,なんと2階建てではなく,小生が記憶していたとおりの平屋の店ではありませんか! 小生は胸を弾ませ,まるで長い間会えなかった親友に会うような気持ちで店内へ。すると,相変わらず上品な顔立ちの女将と,作務衣をはおった店主が明るい声で気持ちよく迎えくれました。
10時ころ電話した者です,と自己紹介すると,女将はその時間帯には店にいなかったという。すると,電話で話した店はいったいどこだったのでしょう? 小生は狐につままれたかのようでした。が,なんのことはない,同じ店名の店がもう1軒近くにあるとのことで,電話したのはそちらのほうだったのです。なまじ住所も道順も訊かなかったので,小生は記憶のままに走って,本来の目的の店へたどり着くことができたというわけ。幸運というか,怪我の功名というか……(^_^;)。
聞けば,店主は居眠り運転の対向車に衝突されて重傷を負い,4年間リハビリに努めた結果4年ほど前やっと店を再開したとのこと。しかし,損傷した右腕の靱帯だけは元に戻らず,麺切りだけは機械でやらざるをえなくなったと残念がっています。また,取り引きしていた粉屋がリハビリ中に倒産して,気に入った小麦を入手することができず,試行錯誤の結果,現在は讃岐うどんの粉を使っているということです。
待つこと15分,十数年ぶりのぶっかけうどんが目の前に出されました。失われた時間を取り戻すように慈しみながら口に入れと,相変わらずコシのある麺はいっそう洗練され,出汁やきんぴらゴボウもさらに味わいを増している。とくにごま油が出汁に溶け込んでいて実に美味い。普段,摂取エネルギーを抑えている小生も,たまらずもう1杯(半分の量)を特別注文。店主は快諾,そのためにまた新たに麺を打ってくれて,小振りの皿に盛られた2杯目のぶっかけうどん。当然,舌鼓を打ってすっかりたいらげました。
作務衣で覆われてはいても,麺打ちで鍛えられた店主の体は昔と変わらないといいます。怪我を克服してくれてとても嬉しいことですし,今も“本当の本物”を作りつづけていることに感謝の念でいっぱいです。たとえば,贋ブランド品やプラスチック製のタイル、サプリメントで造り上げた肉体など“紛(まが)い物(もの)”が横行している昨今,小細工もせず,偽らず,飾らず,本物の素材を用いて,基本に忠実にものをつくる姿勢はとても貴重だと思います。小さな営為ですが,彼のような心意気を持った人はたくさんいらっしゃるでしょうし,そういう人たちが一人でも二人でも増えれば,“紛い物”に惑わされている人々の目を開かせてくれるかもしれません。
(龍門 歩)

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