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十数年の空白後に再訪
好き嫌いはそれなりにありますが,けっして美食家ではない小生にも忘れられない食べ物がありました。十数年前,埼玉県の定峰峠をドライブ中,偶然に入った一(いつ)軒(けん)店(みせ)で食したうどんです。
車を駐車場に停めて質素な平屋の店内にはいると,まっさきに,吃驚すべき光景が目に飛び込んできました。厨房で店主が,上半身裸になって一心不乱に麺を打っている姿です。その肉体は筋骨隆々で,麺を打つ本気度をオーラのように放射しています。
女将の勧めるメニューを注文して,のどかな峠の景色を眺めていると,やがて「ぶっかけうどん」が食卓に出されました。たったいま店主が打ったばかりの,光沢のある太めの麺に,きんぴらゴボウと大根おろしがのせられています。
まず,麺を口に入れました。なめらかな舌触りと共に,ブレンドされた小麦の上質な香りが口中に広がり,適度な弾力ともちもち感が,食の楽しみを演出してくれます。次いでトッピングも一緒に口に運ぶと,ごま油や鰹節で隠し味を付けた出汁が麺にほどよくからんでおり,きんぴらゴボウに添えられたちょっぴりピリ辛とあいまって,絶妙な味のハーモニーを奏でていました。
以来,わが家から3時間近くかかるその店を3度,訪れました。そのたびに,期待を裏切らない美味しいうどんを出してくれました。
4度目に訪れたとき,簡単な貼り紙が出してありました。
「怪我のため当分休業いたします」
小生は,予想もしていなかった事態にショックを覚えました。真面目で真剣,暖かな夫婦(めおと)うどん屋だっただけに,何事が起こったのだろうと,とても心配でした。
それからいろいろと事情が重なり,店名も覚えていなかったため,ずっと気になりながらもそこを訪れてみることはできませんでした。
ところが,去年と今年になって,なにやらその店らしい情報をいただいたり,コミュのブログで店名を目にしたりするようになりました。そこで一念発起,本欄の取材も兼ねて行ってみようという気になりネットで調べてみると,ありました! Webに掲載されている建物は2階屋で,ちょっと疑問を抱きましたが,十数年経っているのだから建て替えてもおかしくはないと,小生は勇んで電話を入れました。電話口に出てきた女性に,十数年前,怪我のため休業したでしょうと尋ねると,娘のお産のために休んだことがあるとの返事。ここでも疑問が頭をもたげましたが,こちらの記憶違いだったのかも……と,逸る気持ちを抑えきれずに出発したのです。
(龍門 歩)

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