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言葉は時代とともに変化するものであることは,いうまでもありません。しかし,テレビやネットなどによって,インフレーション的に情報が伝わってゆく現代,日本文化の根源を脅かすような日本語が多すぎます。
挙げればきりがありませんが,とくに気になる言葉づかいを数例ご紹介しましょう。
▼街角の会話などで:
「この本もあの本も,内容は一緒だ」「彼と僕は一緒の学校を卒業した」
これは,本来は「この本もあの本も,内容は同じだ」「彼と僕は同じ学校を卒業した」と言うべきです。
たとえば,「駅まで一緒に行こう」とは言いますが,「駅まで同じに行こう」とは言いませんよね。つまり,「同じ」と「一緒」は同じではないのです。この2語を一緒くたにせず,適切に使い分けたいものです。
▼店のレジなどで:
「1000円からお預かりします」
不思議な言葉づかいです。「お客さまから1000円をお預かりしました」の略なのでしょうか? 先日,スーパーストアの若いレジ係がそう言ったので,「マニュアルなのか?」と尋ねてみたところ,いつの間にか自然に言いはじめていたそうです。やはり怖い。
▼スーパーストアのアナウンスなどで:
「お召し上がりしやすいように,三つに分けてございます」
いいかげんにしてほしい。すべての「あります」を「ございます」に置き換えることができると勘違いしています。「食べやすいように,三つに分けてあります」で,充分でしょう。
▼選挙演説などで:
「市民のみなさまの声を議会に届けさせていただくことが,わたくしの使命と思わせていただきます」
くどいですねぇ。思うのは自分ですから,「思わせていただく」という客観的な事実はありえません。「市民のみなさまの声を議会に届けることが,わたくしの使命だと思います」とストレートに言ってほしい。
▼テレビの司会者などが:
「次へ行ってみたいと思います」
これも耳障りです。端的に,「次へ行きます」「次へ行きましょう」と表現すればいいのに。
▼芸能人などが:
「愛犬のポチが亡くなりまして……」
一市井人が(たとえば交通事故で)亡くなった場合,新聞では即物的に「死んだ」と記述されます。それなのに,ペットが「亡くなった」という言語感覚は尋常ではありません。
もっとも,「死亡」「死去」「逝去」「崩御」などと,人によって用語を使い分ける新聞などのメディアにも怒りを覚えますが。
だれしも「時代の中」で生きているのですから,その影響から完全に逃れることはできません。かく言う小生も当然,影響を受けた言葉を無意識につかい,多くの誤りをおかしているでしょう。ただ,一部の「識者」のように,「言葉は変化するもの」と訳知り立てに理解を示すだけではなく,できるだけ骨格を保とうという努力はぜひとも必要だと思います。なぜなら,言葉はそれぞれの言語圏の人々の精神の産物であり,人類社会をうごかす原動力だからです。
(龍門 歩)
はい,1000円からお預かりします。

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