引き売りの豆腐屋さん
〈乱気流No.28/06年12月号〉


 3年ほど前まで,地元の豆腐屋さんがせわしなくラッパを鳴らしてバイクで売りに来ていました。小生は一時その豆腐を買っていましたが,ある日「天然にがりを使ってるの?」と尋ねると「使っていない」という答え。にがり以外についても,特別な工夫もしてないようです。スーパーで,そこそこの味で安く売っているご時世に,手作りの特徴もないのでは,わざわざ高い豆腐を買う気がしなくなり,以来1度も声をかけませんでした。それでも数年間,相変わらずバイクでせかせかと回ってきていましたが,さすがに2年ほど前から来なくなっていました。
 それに代わって最近,「と〜ふ〜」と聞こえる昔ながらの音程でゆったりと鳴る豆腐売りのラッパの音が,ゆっくりと近づき,ゆっくりと遠ざかってゆくようになりました。その懐かしい音色を聞くだけで,小生の心は躍り,ノスタルジックな気分がわいてきます。
 そこで先日,ラッパの音に誘われて外へ出てみると,スニーカーを履いた,なかなか好感度の高い若者がリヤカーで豆腐を引き売りしているのでした。
 聞けば,三鷹の店を出発して,行商しながら10km余り離れた当地まで回ってくるとのこと。本店は築地にあって,伝統の製法に則った豆腐作りを続けている。粒が大きくて風味のよい青森県産の「オオスズ」大豆と,螢の里として知られる静岡県は伊豆大川の清水,それに赤穂の天然にがりを使用しているということです。
 さらに小生を納得させてくれたのは,スーパーで売られている一般のパック豆腐は大豆1俵から1000丁もつくるのに対して,この豆腐はおよそ350丁しかつくらないということ。それほど,味も栄養素も濃密な豆腐なのです。
 その夜,酒を飲みながら,コクのあるその豆腐を味わったことは言うまでもありません。
 効率主義一辺倒の現代に,のんびりと響くラッパの音とともに現われる引き売りの豆腐さんの姿が,いつまでも見られることを願わずにいられません。

(龍門 歩)


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