廃 墓
〈乱気流No.23/06年09月号〉


 お盆の混雑を避けて8月21日,父が眠る東京郊外の丘陵霊園へに行ってきました。残暑が厳しく焼きつくような日差しが照りつけていましたが,こんもりと繁るあちこちの自然林ではもうツクツクボウシが鳴いています。まもなく秋風が瀟々と吹き抜けるのだろうなぁと,しばし感傷に浸りました。
 明るい日差しの下,ここで若い僧侶の読経と共に行なった入骨式の光景を鮮明に記憶しています。64ヘクタールという広大な敷地に当時はまだ墓石も立て込んでおらず,空気のおいしい広々とした墓地で父はゆったりと瞑ったことでしょう。
 あれから25年,墓石が見渡すかぎり整然と建てられました。そして長い年月の間に,人々はさまざまな運命を歩んでいるのですね。

 上の廃墓はおそらく正式にこの霊園の使用をやめたのでしょうが,下の廃墓にはどのような事態が生じたのでしょう? 墓石は乱暴に引き抜かれたようで,器は割れたままに放置されています。益もない悪戯とは考えにくい,ましてや遺族がこんな状態で放っておくわけもありません。遺族にどんな事情があったのだろうか? このコンクリートの下にはまだお骨が眠ってるのだろうか? 霊園管理事務所はこの墓地のことを把握してるのだろうか?
 死後の世界も現世とは無縁でないことに胸つまる思いの数分間でした。

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