大 福 餅
〈乱気流No.23/06年07月号〉


 小生は酒も好きですが,甘いものも大好きです。なかでも,大福餅が子どものときからの好物。少年時代を過ごした長崎県の片田舎では,近所のおじさんたちが集まって杵で搗いた餅をのばし,おばさんたちが小豆を煮込んでつくったあんこを包み,円墳のような形に仕上げます。出来たてのやわらかいうちはそのまま食べ,翌日には堅くなるので炭火で焼いて食べました。餅のもつ独特の噛み心地と弾力が,素朴な粒餡の甘さと食感と共にハーモニーを織りなし,幸せが口の中いっぱいに広がったものでした。
 そんな正月の記憶が,まだ脳裡に焼き付いています。
 ところが最近,杵で搗いた餅米だけの皮を使った本物の大福餅は,ほとんど見かけなくなりました。ほとんどの「大福餅」は,餅米粉をスクリューで練って糊状にした皮を用い,水飴や乳化剤などを加えて,数日間はやわらかく食べられるようにしてあります。しかし,その皮にはコシがないのでべちゃべちゃと融け,餡の甘さだけが目立つ「似非大福餅」です。餅と小豆餡の絶妙な組合せがまったく生かされていません。
 小生のショッピング・ゾーン内には,本物に近い大福餅をつくりつづけている和菓子屋が1軒あります。その店では,朝,搗いた餅を皮として使用し,餡を手で包む製法を踏襲しているそうです。以前は毎日つくっていたが,手間がかかるわりには売れないので,現在は週に1度,火曜日のみの製造だとか。
 それでも昔に比べれば,餅米の搗きぐあいが均等になった代わりにコシが弱まり,歯ごたえがめっきり減りました。きっと,杵搗きに替えて餅つき器にし,餅米に澱粉などを加えてコストダウンを図っているのでしょう。やはり,皮に餅米の粒が残っていたころの大福餅が美味しかったですねぇ……
 こうして,昔も今も将来も,悪貨は良貨を駆逐するのでしょうか?

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